家庭集会



ちょっと前のことですが、久しぶりに家庭集会を持ちました。

これは、haruがまだ小さい時(ちょうど今のtamaくらいの時)に教会の友人たち(みんな子供が同じ年です)と始めたもので、以前は月に1回集まっていましたが子供らが幼稚園に入り、そして今年小学生になり(下の子たちも幼稚園に)なかなか集まれずにいました。


でも夏休みなのでぜひ集まろう!ということで忙しい牧師も都合をつけてくれて久々に集合しました。

子供らが遊んでいる間に大人が聖書を読み、その箇所について話し
今回は子供たちにも、子供向けの聖書を牧師が読んでくれて、その箇所について短くお話しをしてくれました。

子供たち、大きくなったんだなあ・・と思いました。
小学生になった上の3人は時々ふざけたりしながらもちゃんと静かに話を聴いていました。(下の幼稚園児2人も、まあ内容はわからないと思うけどちゃんと聞いていました。)

会を始めた頃は、子供たちには子供向けの(聖書のお話しの)ビデオを見せたり牧師が紙芝居を読んでくれたりしていました。・・・それもついこの間のようだけど。

その後聖餐式をもち、haruとtamaも神妙にパンとぶどう酒(じゃなくてジュース)を頂きました。
ほかの子供たち3人は洗礼を受けていないので牧師が頭に手を置いて祝福をしてくれるのですが、tamaはどうやらこの祝福もしてもらいたかったようです。
みんなが祝福を受けているのを見て、(あ、あたしは・・・?)とでも言うように自分で自分の頭に手を置いていました(笑)


その後、みんなで持ち寄りのお昼ご飯。
以前のブログでも書きましたが、私以外の2人はとてもお料理上手なのです。だから家庭集会のお昼ご飯はいつもすごくおいしいのです^^
子供たちと牧師と、みんなでわいわいと楽しい時間がもてて、とても嬉しかったです。

b0127095_6263858.jpgごはんを(おやつかな?)待ってる子供たち


ご飯のあと、私たちが後片付けをしている間、牧師が子供らと遊んでくれました。子供たち大興奮!で鬼ごっこしたりかくれんぼしたり、牧師の両腕に子供ら5人がぶら下がるように群がっていました。(先生ありがとうございました!!)


家が遠い友人もいるし子供らも学校と幼稚園があるので、なかなかひんぱんに集まることはできないけれど・・・私にとってこの会で集まる2人はとても大切な友人で、子供たちにとっても教会のお友達がいるということは本当に大切なことだと思います。信仰のこと、子育てのこと、自分のこと・・・そういうことを話し合える友人というのは本当に助けになると思います。みんな、いつもありがとう。
次はいつ集まれるかな。とりあえずは、教会でまた会おうね!






マタイによる福音書 マタイによる福音書13章1節~9節
・・・「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、よい土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のあるものは聞きなさい。」


種まく人・・・私はこの箇所を読むとき、いつも「種まく人」は神様、まかれる種(まかれる土壌)は私自身、というふうに思ってきました。
でも今回牧師の話を聞いて、この「種まく人」が自分自身、と見ることもできるのだということを知りました。
「種をまく」。神様のことを伝える。私自身が、日々の暮らしの中で周りに神様のことを伝えていく。

私は、はたして「種をまいて」いるかしら?と思いました。
この聖書の箇所で「種まく人」は、たくさんの種をまくけれど、その大部分は鳥に食べられたり根をはれずに枯れたりして実を結ばない。
こんなにたくさんまいているのに、そのほとんどは実にならなくて、自分だったらそれはもうがっかりで、もう嫌になると思う。

でも、ほんの一部芽を出した種は、思いもかけず豊かに実をつけて思った以上の収穫を得ることになった。
自分の思いの及ばないところで豊かに豊かに与えられる、そういう神様の業がある、ということ・・・。


そして、この「種まく人」は、「よい土壌にだけ」まこうとはしていない。そういうことを考えずに、ただひたすら蒔いているという感じを受けます。

私は普段の生活の中で神様のことを誰かに伝えようとする時、「うまく伝えよう、相手の心に響くように、わかってもらえるように、上手に伝えなければ」みたいな気持ちでかなり構えていると思います。(そもそも誰かに伝えようとすること自体が少ない。)
でもこの種まく人の話を読んで牧師の話を聞きながら、そうかそういう蒔き方がある・・・それでいいんだと思いました。
「うまく、わかってもらえるように」と私が狙ったつもりでも、それは的を外れているかもしれない。「よい土壌」「蒔く時」は神様が与えてくださる。私なんかの思いの及ばないところで、神様はその時、その場所を備えてくださるのだから、私はただ、無心にまき続ける、そのことが大切なんだということを・・・思いました。
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by haruirotamago | 2008-08-21 06:30 |


娘たちと私の日常


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